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~ジャニファンで理系な就活総まとめ 《技術職とかめざしてますけど篇》~

「書く!」とか宣言しておいて
いざツアーとか始まってみると
なんとなく忙しいような気がして
(そうじゃない日もあったのに)
おざなりにしていたからね

たぶんここ読んでくれる人には大して興味のない話だと知りつつ
書くよ!書くさ!書いてみせるさ!!
そうでないと終わった気がしない
終わらすことが出来た気がしないからね

今回もまた
『自分のため』に書きます!

取り留めのない内容ですが
自己満なことは重々承知なのであしからず
こんな生き方もあるのだと
笑ってやってくださいな

では

たたむ!!

就きたかったのは研究職

今自分が専攻している分野で
研究開発がしたかったのです
ものつくり屋ですね

必然的に応募先は各種メーカーに

私のいる分野は中間領域な分野であって
選択肢がいい意味で広く取れるから
やりたいと思うこともたくさんでてきちゃったんですよ

だから応募はいろんなところにしました

食品、製薬、化粧品、材料、塗料・・・etc


それで結局どこに内定をいただいたかというと・・・

研究職の派遣の企業です
えぇ
派遣です

一メーカー企業の社員さんではなく
メーカーに派遣され研究をする
そういう仕事の仕方をすることになりました

まっ
内定いただけたのが此処ともう一つと
選択肢はほとんどなかったんですが

博士に進学する気は今はないので

安定性には欠けるけれど
それもありかなぁーと
就職活動の中で自分の中で感じられたから
ここの会社に内定承諾を提出した事に悔いとかはありません





黒染めしたばかりだと不自然になるからと
髪の毛を黒くしたのは就活が始まる大分前の昨年の3月
気合いだけは十分でした

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リクルートスーツに身を包み合同企業説明会へ初めて行ったのが10月

先に書いたように
メーカーでの研究職志望で
合同企業説明会でもそういうところばっかり見に行ってた

メーカー以外は見返してみても
1社も行ってなかったみたいです

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12月からエントリーシートを少しずつ出し始める

はじめに出した5社ほど全部エントリーシートも通らなくて
文章で表現する事がそこまで得意でない自覚はあったので
やっぱりな・・・と思いつつ
これからもずっと受からないんじゃ
っていう不安もあって怖かった
でも大手のメーカーなんてたくさんのESを相手に
バッサバサ切っていくもんなんだと自分に言い聞かせて

締め切りに追われながらも書いていって
研究の内容とかそういうところは
研究室の人に見てもらいながら何度か改訂しつつ
他の志望動機とかも自分なりの言葉にしながら
見栄えするように推敲していって
出していきました

でも全部が自分の言葉で書けたかって聞かれると
「そうです」とは間違っても言えない
バカ正直に書くだけじゃダメだというのは
いろんな人が言うけれど私もバカ正直には書けなかった
素直に“本当のこと”を“自分の言葉で”伝えることは出来なかった

「学生時代頑張ったことは何ですか」
「学生時代一番頑張ったことは何ですか」

この質問に対して理系が言われるのが
「研究はみんな頑張ってるんだから他のことをアピールした方がいい」
私自身もそう思いました

だからアルバイトで採点していたこととか
サークルに熱心に通ってバドミントンしていた事とか
ありきたりだけれど
研究のことを答えるよりもそう書こうと思って

でも私はお父さんが亡くなったショックで
それ以前の記憶が薄いんです
何が起こったとか形式的には記憶しているけれど
その当時の情緒とか当時何を思い行動に移したかとか
そういう記憶が欠落していて

そのときのことを文字に起こしてみても
なんだか薄っぺらい
自分のパーソナルなんて伝わらないであろう文章しか書けない

だからここ3年前からのことを振り返ってみたら
私は大学での研究にほとんどの時間を割き
私自身も自分で『研究を頑張った』って自負できるくらい
懸けていたんです自分の生活を研究というものに

あっ、後はKAT-TUNに?
でも私にとってKAT-TUNは倒れそうなときのつっかい棒みたいな存在で
(まだこのときは)頑張るとか言える対象でなかったと思う

あともう一つ頑張ったことというか苦労した事は
親孝行らしい親孝行もろくすっぽできないまま
父を一人寒い中で死なせてしまい
死に目にも間に合わなかった自分を
受け入れ認めて行く作業
でもこんなこと読む人には伝わらないし
そもそもESですべきアピールじゃないよね

まあ、そんなこともあって書きたいのに書けないこととかばかりで

ESを前にするたびに自分の言葉で書けない自分に対する苛立ちと
父のことでまた身動き取れなくなってしまう自分の頼りなさで
書くに書けないって状態によくなっていました

だから出しそびれてしまったところも数社はありました

そしてESを出した企業さんですが
だいたい締切の四日とか三日前までかかってしまって
早く出すとかはできてなかった
まあ、なので出した順は締切順

食品とかは締切が早かったです
あとは製薬に化成品メーカー
そして化粧品メーカー

始めはこれらの会社の志望が強かったから
他のところの準備はほとんどしてませんでした

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各企業への会社説明会へ参加しだしたのが1月です
会社説明会は 企業によって違うけれど
エントリーシートを通過しなければ参加できないところと
選考なしに参加できるところと有りました

初めての会社説明会は食品会社
ここは本社は愛知だけど
ありがたい事に説明会を仙台でも開いてくれました
そしてエントリーシート通過者のみ対象で
さらに一次面接と説明会を同時に行なうところ

案内をしっかり読んでいなくて
面接があると知ったのは前々日
それまで面接なんて受けたことなかったし
面接対策もしてなかったんです
おまけに私、面接ナメてました

思った以上に緊張して全然話せなかった
倒れるかと思うほど心臓バクバクして
何を話したかも正直あまり覚えていないですね(苦

そこで如何に面接対策が重要かということを知りました
それ以降の面接は聞かれそうな事は
事前に思いつく限り聞く限り書き出して面接に臨むようにはしました

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初めての面接後
翌日ある説明会へ向かうため夜行バスで東京へ

そうなんです
説明会も面接も東京でやるのがほとんどだったから
今年に入って何度も東京へ通いましたね
しかも説明会や一次面接は
交通費は支給されないところが多いから自費
新幹線なんか使ってたら破産してしまうので
バス移動ばかりしてました

おまけに連日で東京への就活が入ると
東京に泊まらなくちゃいけないから宿探しも
幸運な事に東京に住んでる従姉妹がいたので
はじめの内は何度か世話になりました
後半はむこうも就活始まって忙しくて追い出されたけど

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ちなみにこのとき伺った会社は某R製薬さんです
会社のロビーではOXYのCMが
大画面で映し出されていました笑

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面接は1月から少しずつ入ってきていたけれど
就職協定の関係で本格化してきたのは3月後半から

最初に失敗した教訓を生かして
それ以降の面接は対策を立てて行ったんだけれど
私は自分で思った以上にあがり症だったらしく
面接官を前にすると緊張して言葉が出てこなくなってしまったんです
だからか?面接がまったく通らない
回を重ねて自分の中では緊張しづらくなってきたかな
とも思っていたんだけどそれでも最後までなかなか通らない

ESが通らなかった時期以上にショックでした
だってどこの会社だって面接無しには採用されないもの
どこをどう改善すればいいのかも全く分からなく
「残念ながら・・・」の連絡を受けるたびに落ち込んでしまいました
気持ちの切り替えが一番重要なのにね

残念ながら
最後まで私はこの気持ちの切り替えというのが出来なかった

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会社によっては技術面接というのがありました
これは自分の研究内容をプレゼンで紹介して
それに対する質疑応答を行なうもの
自分の研究内容だからちゃんと理解しているのに
なんて答えたらいいかわかっているのに
やっぱり緊張してしまって
うまく説明できなくなってしまうことがしばしば

何度も何度も練習し臨んだのに
いざ面接の場になると言葉が出てこなくなってしまったり
意図した事がうまく伝わらなくて
残念な思いを何度もしました
でも最後の方に受けた面接で
やっと自分の言葉で伝えられるようになりました

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就活の他に3月は学会もあって
その準備と並行して就活をするのは
本当に大変でした
就活で研究室にいけない日も多かったし
行ったところでESを書いたり面接対策を組んだり
同時にこなすことがなかなか出来なくて
自分の不器用さにびっくりしましたね

学会準備に限らず
就活期間は研究をないがしろにしている自分に
正直いうとイライラしていました
1日が24時間じゃとても足りなかった
自分の体が2つ欲しかった
そしたら研究をする自分と就活に行く自分と
並行してできるのに
って何度も思いました

同期のみんなが両方を出来てる様子を見ると
もの凄く焦ったり

4月に入ると周りでも内定をもらう子が増えてきて
それにも焦りだして・・・
「私、この子より早く動き出したのに・・・
受けてる会社も多いはずなのに・・・」
って人と比べて落ち込んでしまうことが多くて
自分を精神的に追い詰めがちな日々でした

でも焦ったところで自分が出来る事なんか限られているんだから
人と自分は違うんだから
不器用な分、頑張ればいいんだから
と開き直れるようになったのは本当に後半になってから

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実際に受けた会社なんですが
実名は伏せますが上にも書いたように
某R製薬さんや某製菓会社Lさんも受けさせてもらいました
CMしているから興味を持ったというのが本音ですけど
でも実際に企業研究をするうちに
製品開発力とか研究力とかにとても魅力を感じて
すごくその会社が好きになって
ちゃんと本気で受けたんですよ?これでも
それに自分が開発した商品を彼らがCMしてくれたら
すごくやりがいあるだろうなーと思って

はじめの方に受けた会社はこの2社のほかに
食品や化粧品、あと数社の製薬

父が日ごろの不摂生で体を弱くしてしまったことがきっかけで
ものづくりの中でも人の体に直接働きかけて
健康に出来るものの開発に関わりたいと思って
だからそういった分野の会社に積極的に就活していました

そして
『口にしても害のない?副作用とかのでない?
お薬とか食品なんかの開発に携われたら』
っていう亀への誓いも果たしたい気持ちがあったから

他の興味ある分野の会社を受けるときも
心のどこかでこれを思い出していたのは事実です

でもそれで他のところを受けたくなかったとか
心の重荷だったとかそういうわけではなくて
ラジオから1年、研究に取り組む中で
興味の対象が広がったり適性ってものを考えるなかで
選択肢を絞れなくなっていたの
だからその中で亀への誓いはある意味『指標』みたいなものになってて
手当たり次第やるよりもそこを目指して進めば精神的に負担が軽いかな
って感じてたから
そこから逸れていくことに戸惑い?を覚えてしまったのです

でも
実際は倍率の高い分野だし
たぶん私の適性ではなかったからことごとくダメで
他の分野でも就職活動していましたよ
ただ他の分野では企業研究が足らなくてさ(自分が甘かったんだけど)
向こうからラブコールもらえる人材ではなかったみたいです



ただねメーカーさんの中でも
一社だけ選考が進んだところがあったのです

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